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2021年5月21日全国ロードショー『いのちの停車場』 成島出 特別インタビュー

監督作『八日目の蝉』が日本アカデミー賞最優秀監督賞を含む10部門で受賞、
映画『ソロモンの偽証』では新人・藤野涼子をはじめ多数の新人俳優を抜擢した成島出監督。
最新作「いのちの停車場」では、主演・吉永小百合、広瀬すずの豪華キャスト作品を監督。
今回は2017年公開の『ちょっと今から仕事やめてくる』公開後のインタビューを紹介。
日本映画の第一線を走る成島監督に、主演の福士蒼汰、工藤亜須加について、
俳優の起用へのこだわり、求める俳優像、俳優志望者に必要なことについて話を聞いた。

――映画『ちょっと今から仕事やめてくる』の作品作りにおいて、最も大事にしたポイントはなんですか? 「主演の二人とは初めてのお仕事だったので、二人の俳優としての演技力をいかに高められるかがポイントでした。3月からリハーサルやワークショップをスタートして準備をしていきましたが、本人たちも初めての経験で新鮮だったようです。映画の俳優としてどこまでやってくれるか…『八日目の蝉』のときの井上真央さんと似ていて、俳優として脱皮したい、一皮むけたいという時期だという認識があったので、彼らにとっていい意味で転機にしてあげたいという思いで寄り添いました」 ――具体的には二人とはどんな準備をしたんですか? 「リハーサルをいつにもまして綿密に頑張りました。シナリオにない部分(実際にあるシーンの前の部分)を稽古としてやるんですが、やっていくうちにいいハーモニーを奏でるようになっていきました」 ――今作のキャスティングでこだわった点を教えてください。 「『ソロモンの偽証』でもそうでしたが、今回は若い二人が初めてのキャスティングだったので、黒木華さん、森口瑤子さん、小池栄子さんら、成島作品の常連組と吉田鋼太郎さん、池田成志さんらのベテラン俳優で周りを固め、作品に安定感を出していく事を考えました。みんな本当に期待に応えてくれて助かりました」 ――今回、映画には成島監督が指導しているアンカットの俳優たちも出演しています。 「アンカットの役者陣には本番前の稽古で代役をやってもらったりしていて、作品の中身を分かっているメンバーだったので現場では助かりました。若い役者達も現場にいることで勉強になる部分もあっただろうし、代役で第一線の役者と対峙して刺激になったと思います。いいものを見ると、何が悪いかが分かる。そういう経験をどんどん積んでいってほしい。そして演出や演技等に対して、自分なりに批評する目も持って臨んでほしい。今後も現場に起用して、その中からスターが出てきてほしいと思ってます」 ――若い俳優たちに現場で指導をする際に大事にしていることは? 「やはり俳優の見極め。その俳優が、魚で例えるならマグロなのかイワシなのか。それぞれのネタを間違えず素材に応じた演出をする。寿司職人で言うと、新鮮な魚が旨いかというとそうじゃない。味を決めるのは、『手当て』と呼ばれる職人技であるのと一緒です」 ――監督は、自身の作品にどんなタイプの俳優を起用したいと思いますか? 「役者というのは、シナリオに書かれていることの魂を伝える仕事。タイプというより、スクリーンに出た時に説得力がある人を起用したいと思っています。そして役者として進歩し続ける人。年齢に関係なくどんどん良くなってると思える人はたくさんいます。40歳、50歳を越えても進化し続ける人は魅力的なんです。樹木希林さんがまさにそうで、ガンの宣告後もどんどん進化し続けている。命と芝居を分け合ってるというか命を削って芝居をしてると感じて、凄まじい。俳優はそういう役者を目指してほしいですね」 ――今回の募集で出会いたいのはどんな俳優ですか? 「年齢を問わず未来の映画界を背負って立つ逸材と会いたい。ワンチャンスは必ずある。そのチャンスをものにできるか! それまでにしっかり力をつけていられるか。チャンスが来るタイミングはそれぞれ違う。早い人もいれば、遅い人もいる。チャンスじゃないのにチャンスだと思ってしまう人もいる。チャンスを見極める力も当然必要ですが、とにかく稽古を積んで先ずは『役者になる』ことが大事」 ――俳優志望者に普段から心がけてほしいこと。 「役者として大成するのは大変な道であるのは間違いないんです。トップで生き残ることができるのはほんの一握り。いずれにしても『実力』は必要で、まずは『役者になる』というのは『実力をつける』という事です。俳優の国家試験があったとしたら、合格できる力を持つことです。晩年で花咲く人もたくさんいる世界だし、志したなら簡単にあきらめず、努力を重ねていってほしい。トップに立つという事は苦しいことだが楽しいことだと思う。ぜひその経験を味わってもらいたい」 ――ありがとうございました。

「オーディションを受けるときには、最初から「本物になる」という強い気持ちで向かってほしい」

―― 映画『ソロモンの偽証』では主演を含め新人を多数抜擢されましたが、監督としては「まだ見ぬ人」に出会うチャンスを求めているものなのですか? 「いずれは大スターとは言え、誰もが最初は新人ですから。そうした人と出会えることは、演出家としては幸せなことですよね。その中で、誰がどれだけ伸びて残ってくれるかは分かりませんが、第一歩を一緒にできるというのは演出家として楽しいですよ」 ――『ソロモンの偽証』では、全国規模で半年に及ぶ長期間のオーディションを行っています。 「撮影が3ヵ月を超えることが分かっていたので、長い時間をかけて持久力を見ることが必要だと思ったんです。どれだけ素材が良くても、“ボキッ”といっちゃう子はやっぱりもたないんです。現場に来なくなっちゃったりすると、映画の撮影には大人数が参加していますし、裁判シーンでは300人からのエキストラを呼んであるわけですから。もちろん演技力・素材も重要ですが、持久力というか精神の強さ、折れない子、というのがまず第一条件でした。我々現場側としては、最終的なキャスティングの大きな基準でした」 ―― デビューでも募集の記事を掲載したり、オーディションについての取材もさせていただきましたが、異例中の異例の企画だと思いました。 「今だからぶっちゃけて言えますけど、このキャスティングは“大勝負”だったんです。3月から5月のゴールデンウィークにわたる、前後編の大作クラスの映画。その主役、ファーストローリングって言うんですけど、上から33人が無名ですからね(笑)。普通、日本映画ではそういうことはやれないので、そこも含めてチャレンジしたかった。よく松竹はやらせてくれたなと(笑)」 ―― 実際の審査はどのように行われたのですか? 「普通オーディションは、会議室やスタジオで会って、並べて自己紹介させて、シナリオの1ページぐらいをちょっと読んで、ハイありがとうございました、みたいな感じなんですが、今回は全然そんなものではなくて。ワークショップを一緒に延々とやることによって、その子のキャラクターや素材を全部見極めた上でキャスティングしようと思ったんです」 ―― 長期間の審査のなかで、俳優達の変化を感じましたか? 「60人ぐらいに絞られたときには、かなり時間が経っているので、皆もう仲が良くなってるんです。最後で落ちちゃう子は可哀想だったんですけど、甲子園で負けたチームが勝ったチームに千羽鶴を渡して“我々の分も頑張ってください”みたいな感じになっていて。ヒロインの涼子(藤野涼子)をやりたかった、樹理(石井杏奈)をやりたかった、神原くん(板垣瑞生)をやりたかった、卓也(望月歩)をやりたかった、という落ちた子たちの想いをみんなが背負ってクランクインしたのは、計算外の効果を生みましたね」 ―― オーディションの時点から映画作りは始まっているんですね。 「過酷ないじめのシーンも、仲良くなれたからこそできたという。長い月日のなかで信頼関係が出来たから、本気でお互いにぶつけ合うことができたと思います」 ―― 最終的に合否をジャッジするポイントは気になります。 「よく“どうやって役者を選ぶんですか?”って聞かれるんだけど、僕は天才でもなんでもない。お寿司屋さんが築地で魚を見れば、この鮪はいくら、この鯛はいくらって分かりますよね。骨董屋さんは器を見ればその価値が分かるけれど、素人は100円の器を100万円で買わされる詐欺にあったりする。我々は役者を見るプロとして、それと同じなんですよ。どこがどういいかは上手く説明できなくても、コイツが本物かどうかっていうのはなんとなく分かるんです。30年もトレーニングしているので」 ―― 監督は他の作品でも、まだ知られていない小劇場の俳優を起用するなど、抜擢にこだわりがあって、キャスティングを作品作りの 一部として大事にしてらっしゃるのかと思います。 「そうですね。『八日目の蝉』(2011)の吉田羊はオーディションでした。『孤高のメス』(2010)の松重豊さんも当時全然無名だったし、『油断大敵』(2004)の笹野高史さんも、まだ知る人ぞ知る存在でしたから。その後みんなすごく大売れしたので、成島映画は業界では“あげまん”ってことになってるんですけど(笑)。おかげさまで、“成島組ならぜひ参加させてください”って信頼してもらえていますね」 ―― 一般的にはまだ知られていない俳優の起用にはリスクもあるのでは? 「絶対に売れると思っていますから、確信はあります。さっきの目利きの話じゃないですけど、これは本物だという人しか声をかけないので。ただその分、僕は小劇場とか、そういう俳優に触れる場所に通ってると思うんです。『ソロモンの偽証』で、浅井松子のお母さん役をやってくれた池谷のぶえさんなんて、昔から下北沢で言えば“女王”なんですが、テレビ界でも映画界でも知る人ぞ知るという。笹野さん、小日向文世さん、そして余貴美子さんはオンシアター自由劇場から見ていて、この人たちすごいなって思っていましたから。そういうところから見ていたというのが、キャスティングにおいては大きいかな」 ―― 監督は俳優に対してアンテナを張り、足で探してもいるんですね。 「それも仕事の一つなんだと思います。例えば映画『ゴッドファーザー』は、マーロン・ブランド以外の誰もが無名だったわけで、アル・パチーノも当時はニューヨークの演劇の世界で知られる人だった。やっぱり成功している映画って世界的に見てもそうじゃないですか? オードリー・ヘプバーンの『ローマの休日』だってデビュー作ですし、アル・パチーノも『ゴッドファーザー』が永遠の代表作になるわけで。それがデビューの強さと言うか、名画が証明しているのかなと思います」 ―― 抜擢の機会は、映画のほうが多いのかなと思います。テレビの場合は人気者を起用する必要がありますし。 「スクリーンのスターが育って欲しいと思いますね。俳優デビューを目指すなら、テレビで使い捨てられずに、ずっと長くやっていける実力を身につけてほしい」 ―― そういう息の長い映画俳優になるためには、どんなことが必要ですか。 「今回オーディションをやって思いましたが、今の子は映画をあまり観ない。でもやっぱり作品を観てほしいですね。映画俳優になりたいのなら、古典から今の映画まで観ること。みんなそういう勉強が足りないんです。『ソロモン』のオーディションに残った子たちには、“とにかく映画を観ろ!”って言いました。テレビドラマは観てるんだけど、いわゆる古典を知らない。本物の芝居を見ていないから、テレビを真似た小芝居をオーディションでやり始めるんです」 ―― そこは簡単に見抜かれてしまうわけですね。 「サッカーだって、スペインリーグとかの一流のすごいプレーを観て、これができるようになりたいって憧れて、Jリーガーになっていくわけじゃないですか。それはどの世界でも同じ理屈だと思うんです。今は昔と違って、100円のレンタルで名作がいっぱい見られるんだから、俳優志望の人はいっぱい観てほしいですね。絶対無駄にはならないと思います」 ―― ベテラン俳優の皆さんは。今の若い子が羨ましいぐらいかもしれません。 「ベテランはかつて自分の足で文学座に行ったり、下北に通ったり、つか(こうへい)さんの芝居を観たり、夢の遊民社に行ったり、みんな努力して今の地位にいるわけですよね。今はそこまでしなくても観られるものがいっぱいあるのだから、もっと観てほしいですね。舞台で一生懸命伸びてきた人は一回ブレイクすると強いですよ。遅咲きでも花開けばあとはずっと続けていける。最初のオーディションを受けるときから、本物になるつもりで、自分に魔法をかけてオーディション会場に向かってほしいなと思います」 ―― 俳優を目指す人には「本物になるつもり」で来てほしいということですね。 「俳優の仕事って言うのは大変なんです。もし自分に子供がいて、俳優になりたいって言ったら絶対に反対します。映画監督になりたいって言っても反対します(笑)。だって無理だもん。精神的にキツイし、そんなに簡単な道ではないんです。だからやる以上は本物になるつもりでいてほしい。オリンピック選手と一緒ですよ。『ソロモン』の彼らにも、1万人から選ばれた君らはオリンピック選手と同じ確率。金メダルが獲れるのか、銀メダルか、8位入賞もできないのか…でも選ばれた時点で日本代表メンバーには勝ち残ったんだから、そのつもりで頑張ってくれ、という話をしました」 ―― スポーツに比べて、俳優はその厳しさが理解されていない感じがします。 「僕は30年この世界にいて、本当にノイローゼになって潰された人や、自殺してしまった人も大勢見ているんです。だから安直には薦めたくない。生き残って今僕の映画に出てもらっている人たちは、すごい確率を勝ち残っている人。それでも吉田羊みたいに最近まで売れなかったり、小日向さんみたいに50歳を超えるまで芽が出なかったということもたくさんある、怖い世界なんです。だからオーディションでも求めたのは強さ。人間として強いのか、耐えられるのか。そして強くなるには、やっぱり好きじゃないと。中途半端な憧れだけではやり切れない。最初は簡単な憧れで目指してもいいと思いますが、本当にそこでやっていくなら、強い意志を最初から持って頑張ってほしいですね。その意志を持っている子と持っていない子は、オーディションで観て分かります。覚悟が出来ていない子は怖くて使えない」 ―― 今回のオーディションでは監督を含めての指導が行われると思いますが、応募者にはどんなことを伝えたいですか。 「それはその人毎だから、触れ合ってみないと。さっきも言ったように、鯛の子と、鮪の子がいるわけじゃないですか。一概に同じことを言ってもしょうがないんです。例えば強い想いがあってもかつ舌が悪い子は直さなきゃいけないだろうし、精神的に弱い子にはプラスの考え方を植え込んでいかなきゃいけないし、それは人によって違うから。野田健一を演じたまえだまえだの前田航基に“痩せろ”って言っても、“板垣や望月みたいな顔になりなさい”って言ってもしょうがない。個性をどう活かしたらいいのかということで、人によって言うことは全部違うんじゃないですかね」 ―― そういう言葉をいただくと、読者にも希望が湧きます。 「前田とか浅井松子役の富田望生がみんなの希望の星になってくれれば。今度、富田も沖田修一監督のの映画(『モヒカン故郷に帰る』)に出るんだけど、頑張って欲しいですよね。普通のオーディションだったらこんな子残らないから。でも最近、横浜映画祭で樹木希林さんにあったんですけど、希林さんとか藤山直美さんとか、やっぱり個性派の女優はいるわけじゃないですか? だから冨田には希林さんや藤山さんの舞台とかを観まくれって言ったんだけどね。みんなそれぞれの生きる道、往く道は違うので、それぞれに頑張ってほしいなと思っています」 ―― 今回の募集では個性派部門の採用も考えているようですね。 「クラスの全員が美男美女だったら気持ち悪いじゃない(笑)、リアリティがないからね。どこかで松子ちゃんみたいな子がいてくれないと、クラスにならないんで。みんな神原くんや柏木くんばかりだったら大変ですよ」 ―― 最後に、応募を考えている読者にメッセージをお願いします。 「俳優デビューするということは、大きく人生が変わるので怖いことなんですよ。藤野涼子だってこれだけ多くの新人賞を獲って、大きく人生が変わったわけで。映画を撮っている間は責任持ちますけど、これから先もこの子たちのめんどうを見れるかって言うとそれはムリなので。これだけ長く付き合っているとわが子のように思うから、もちろん心配であるし、頑張り切って欲しいなとは思うんだけど。だから、俳優になろうとするなら、最初からそこまで強い想いを持ってオーディションに向かったほうがいいと思います」